このたびは当社のホームページをご覧いただき誠に有難うございます。
デジタル化が進むこの時代にアナログの当社にもやっとホームページを開設させていただく運びとなりました。
稲田酒造合名会社はJR・近鉄天理駅から東西に伸びる三島本通り商店街にある創業130年余りの酒蔵です。
小さな蔵元ですが造り手、売り手、飲み手が一本の糸で結ばれ、それぞれの顔が見える状況にあること、人と人との繋がりを大切にすることをモットーに営業しております。
また昭和45年より造り酒屋のおいしい奈良漬けとして白瓜、きゅうり、スイカ、守口大根、生姜等の奈良漬けを製造・販売させていただいております。
今後はデジタルの波も利用しながら真心こめて作らせていただいた清酒、奈良漬けの情報を全国の皆様方に発信していきたく思いますので変わらぬご愛顧をよろしくお願い致します。
また奈良天理の地にお越しの際にはぜひお立ち寄りください。
末筆ながら皆様方のご健勝をお祈り申し上げます。
稲田光守
製造責任者 稲田光守

中学から柔道、大学はゴルフと酒造業とは全く関係のない世界からいきなり酒造業界に飛び込んで15年。
そろそろ言い訳のできない年齢になってきました。
これからの稲天はこの人にかかっているらしい・・・。。
森昌幸
蔵の掃除から酒の仕込み、機械の修理までなんでもこなせるスペシャリスト。冬場は酒造り、夏場は奈良漬け製造に専念しています。
稲塚明洋
まだ入社して日は浅いですが見た目の職人風は折り紙つき。営業から裏方までなんでも器用にこなします。
| 会社名 | 稲田酒造合名会社 |
| 住 所 | 天理市三島町379番地 |
| 電 話 | tel 0743-62-0040 0120-1710-54 |
| 営業時間 | 9:00~18:00 不定休 |
| 明治10年 | 奈良県山邊郡丹波市町大字三島379番地にて稲田源治郎が天理教の御神酒として「稲の花」醸造を始める。 ちなみに明治10年の出来事・・西南戦争勃発(西南戦争(せいなんせんそう)とは、1877年(明治10年)に現在の熊本県・宮崎県・大分県・鹿児島県において西郷隆盛を盟主にして起こった士族による武力反乱である。西南役(せいなんのえき)、丁丑の乱、十年戦争(鹿児島弁では「じねんのゆっさ」)、私学校戦争とも呼ばれ、明治初期の一連の士族反乱のうち最大規模で日本最後の内戦となった。) |
| 明治45年 | 稲田政兵衛が天理教二代真柱中山正善様より「いなてん」の名を授かる。 |
| 昭和24年 | 稲田源司が稲田酒造合名会社を設立。 |
| 昭和44年 | 稲田利也 4代目社長就任。 ちなみに昭和44年の出来事・・巨人の金田正一投手が400勝達成。 |
| 昭和45年 | 当社の酒粕を活かして、おいしい奈良漬け製造販売開始。 ちなみに昭和45年の出来事・・日本万国博覧会(大阪万博)開幕・アポロ13号打ち上げ・日本山岳会の登山隊の植村直己・松浦輝夫がエベレスト登頂に成功。 |
| 平成10年 | 全国新酒鑑評会にて9BY「黒松稲天大吟醸酒」が金賞受賞。 |
| 平成11年 | 純米吟醸楽寿を発売。 |
| 平成16年 | 杜氏制を廃止し稲田光守を中心に地元従業員で酒造りを始める。 |




